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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)11375号 判決

原告(反訴被告) 永谷くめ

右訴訟代理人弁護士 轡田寛治

被告(反訴原告) 永谷秀次郎

右訴訟代理人弁護士 樋口光善

主文

1、原告永谷くめの本訴請求を棄却する。

2、別紙目録記載の土地が反訴原告永谷秀次郎の所有に属することを確認する。

3、反訴被告永谷くめは反訴原告永谷秀次郎のため別紙目録記載の土地につき昭和三一年八月一四日東京法務局北出張所受付第一九、四一六号による所有権移転登記の抹消登記手続をなせ。

4、訴訟費用は本訴反訴とも原告(反訴被告)永谷くめの負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

(一)  被告が昭和二七年四月二日大蔵省より別紙目録記載の土地五四坪五合六勺の払下をうけ、その所有権を取得したこと、右土地につき昭和三一年八月一四日東京法務局北出張所受付第一九四一六号を以て原告のため売買による所有権取得登記手続がなされていること及び被告が昭和三九年七月頃右土地上に別紙目録記載の建物を建築したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  原告は、昭和三一年八月一一日被告の代理人大川某より右の土地を買取ったと主張するけれども、大川某なる者が被告より右土地売却代理権を与えられた事実は、原告の全立証によっても、これを認めるに足りない。

尤も大川某が当時右土地の権利証、被告名義の白紙委任状(被告の押印だけがなされているもの)及び印鑑証明を所持していたことは〈省略〉によって明らかであるが、他方被告本人尋問の結果によれば、当時被告は右土地及び地上の旧建物を担保として、金一〇万円を借用すべく、訴外岩淵某にその旨依頼して土地家屋の権利証、白紙委任状及び印鑑証明を交付したところ、岩淵が右書類を第三者にとられてしまったことを聞知したので、急いで改印届をしたこと、被告は大川某なる者を知らず、勿論同人に不動産売却の代理権を与えた事実のないことが認められる。してみれば大川がどのようにして権利書等の書類を入手したかの点は詳らかでないが、これを所持していたからと言って、同人に本件不動産売却の代理権があったと認めることはできない。

よってこの点についての原告の主張は理由がない。

(三) 次に原告主張の表見代理について調べる。〈省略〉によれば、被告が大蔵省より北区滝野川七丁目一七番一三宅地六〇坪五合六勺(別紙目録記載の宅地五四坪五合六勺はこれが分筆された)の払下げをうけた価格は金二七万五五四八円であるが、当時の更地価格は坪当り約金七万円であったこと被告の父幾太郎は妻の原告らと共に右土地上の被告名義の旧家屋に居住し、そば屋を営んでいたが、被告は原告と仲が悪かったため、板橋区中板橋の妻の実家に別居していた事実が認められるところ、証人浦川善博、同鈴木昌子の各証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第五号証によると、昭和三一年八月一〇日大川と名乗る朝鮮人らしい男が突然原告宅を訪れ、前記土地と旧家屋の権利証(甲第三、第四号証)、被告名義の白紙委任状(甲第八号証の三のロの被告の捺印だけのもの)及び印鑑証明(甲第八号証の四)を示し、「この書類を買ってくれ、他の人に売れば、いい値に売れるが、お宅で困るだろうから、一〇万円で買ってくれ」と言うので、原告は大いに驚き、知人の浦川善博に来て貰って三女の木村昌子と共に相談したところ、前記書類はいずれも真正の書面だったので、これが更に他人の手に渡ることを防ぐため、これらの書類を買取ることとし、大川に金七万円に負けて貰い、翌日さしあたり金五万円を支払って右書類の交付を受け、残金は更に翌日支払うこととしたが、それっきり大川は姿を見せなかったこと、売買契約書はこれを作らず、大川より金五万円の領収書のみを受取ったこと、被告がこのことを知るとゴタゴタが起きるのをおそれ、早速同月一四日原告名義に売買による所有権移転登記手続をしたこと以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実と前項認定の事実とを併せ考えると、大川某なる男は何ら正当な権限がないのに拘らず、権利証等を入手したことを奇貨として、これを種に原告より金五万円を強請したものと謂うべく、原告や木村昌子は右の書類が更に第三者の手に渡って、事が面倒となるのを防ぐため、大川に正当の権限がないことを知りながら、金五万円を出して右書類を取戻したものであることが認められる。蓋し大川某が真実被告の代理権を有し、被告のために土地家屋を売ろうとするならば、他に遙かに高価に売却できたであろうことは、前認定事実より明らかであって、同人がわざわざ被告の親のところに前記のような話を持ちこむ筈のないことは、容易に考えつくところであるからである。

されば原告が前記土地家屋を買受けたと言うこと自体、当らないのみならず、原告や木村昌子が大川に代理権があると信ずるに足りる相当の事由はなかったものと認められるから、原告の表見代理の主張は採用できない。

(四) 以上の次第であるから、原告が被告より別紙目録記載の土地五四坪五合六勺を買受けたという主張はすべて理由がないから、これを前提とする原告の本訴請求も理由がない。従って右土地は依然被告の所有に属するから、その所有権確認と冒頭掲記の原告の所有権取得登記の抹消登記手続を求める被告の反訴請求は理由がある。〈以下省略〉。

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